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ドゥンズ・スコットゥス [哲学のヒトタチ]

ドゥンズ・スコットゥス

 ドゥンズ・スコットゥスのフルネームは、ヨハネス・ドウンス・スコットゥス
といい、14世紀のスコットランド出身のキリスト教神学者です。

 スコットランドのドゥンス村出身が通称となっていますが、実は生地不明です。
 ドゥンズは、フランチェコ修道会に入り、精妙博士とも呼ばれました
 理由は、緻密な論証をしていたからといわれています。
 ドゥンズ・スコットゥスは、パリ・オックスフォード両大学に学び、一時、新教皇派についたとして、フィリップ王により、追放されることになってしまいました。
 しかし、後日、パリにもどり神学部の正教授になりました。
 オックスフォード大学・パリ大学などで、教壇にたったのち、1308年にケルン大学に招かれましたが、同年没しました。
 ドゥンズの専攻した学問はトマス・アクィナスの学派とは対立するもので、厳密な学問としての哲学樹立を志し、論証を重視する一方、理性よりも意志の優位性を説いてたそうです。
 また、ドゥンズ・スコットゥスは、中世において唯物論の最初の表現でとも
いわれ、唯名論の代表者だったよね。
 唯名論とは、実在するのは個物であり、普遍は個物のあとに人間がつくった名辞にすぎないと考える立場です。
 ドゥンズの哲学的な功績は、スコラ哲学を批判的に受け継ぎ、緻密な概念規定を展開たことにあります。
 その批判的な合理精神は、近代思想を先取りし、17世紀に至るまでヨーロッパの大学に大きな影響を残したといわれいます。
 ドゥンズは、神や人間の持つ意志の自由を徹底的に強調しました。
 神は絶対者であり、絶対の自由意志を持つため、知的合理性にすら拘束されることはないとし、したがって、神が世界を創造したのも、神がそれを欲したからに過ぎず、世界が生まれたことに何らかの必然性があったわけではないと主張した。
 ドゥンズ・スコットゥスの哲学は、トマス・アクィナスの哲学と比較しながらした方がわかりやすいかもしれません。
 トマス・アクィナスは、現実に存在するものとは、感覚的な認識を通してでしか、多数の物事の共通性を取り出すことはできないと考えました。
 そのため、アリストテレスやトマス・アクィナスにとって、すべての存在は、種類や段階を区別する必要性がでました。
 アリストテレスやトマス・アクィナスにとっては、現実に存在するもののさまざまなあり方が、存在の本質としました。
 これに対して、ドゥンズはこの考えに反対ました。もちろん、人間の知性は、感覚的な認識によって物事の本質をとらえることはありえますが、ドゥンズは、人間の知性が原罪によって曇らされてしまったんだと主張したのです。
 つまり、本来、物事は、感覚的な認識を通さなくても、人間は知性によって本質をとらえられるものの、原罪が原因でそれができなくなっているということですね。
 そして、ドゥンズは、一つひとつの存在は、一つの存在として一義的なものであるべきだと主張しました。
 つまり、ドゥンズは人間の能力が衰えただけで、失ったわけでないといったわけです。
 なぜなら、トマス・アクィナスのように、感覚的存在から神の存在を類推するとなれば、神に感覚的属性を帰属させることになるからです。。
 すべての存在は存在として、同一であって、それには本質と存在、可能態と現実態の区別も必要ではなということになります。
 ただし、ドゥンズ・スコットゥスは、同じ存在が二種類以上の形態や、形式のなかでも、無限存在と有限存在に分けられるとしたのです。
 そうですね。神様という特別な存在があるわけですし、ドゥンズは、このもの性について考察したのです。
 このもの性とは、それぞれの個物は、共通の本性と、あるものがそのものになる、固体化の原理から成り立っていると考えから出てきた概念で、固体にこそ普遍があるという考え方です。
 ドゥンズは、神の似姿である人間についても、神が人間を創造したのも、神がそれを欲したからに過ぎず、人間が生まれたことに何らかの必然性があったわけではないという主張したのです。
 つまり、人間の現在の姿は、神の知性によってつくられたというよりも、人間自身の自由な決断こそ、人間のベースであるとドゥンズは考えたのです。
 で、ドゥンズは、個人の自由意思は普遍的な合理性よりも重要で、形相とか本質より、個人が重視されるってことです。
 これを個体の重視といいます。
 で、このもの性は、ドゥンズにおける知性的認識の対象は、あらゆる存在としての存在で、世界に存在する知りうるものは、実は、類でも種でもなく、実際に存在する固体ってことです。
 たとえば、世界中の人間を人類というひとくくりにすることは可能だけど、実際に存在しているのは、一人一人の人間であって、人類というひとくくりするもの自体は実際に存在していないとい
うことです。
 人類といえば、実際に存在する人たちを認識するのは、人間の精神が、概念的抽象によってではなく、知性的直観によって、固体的存在を知り得るわけです。
 この知的直観が、認識するものは、単一の固体的存在の”このもの性”と、ドゥンズは呼び、個々の事物の間に共通性の性質があると認めているわけです。
 もちろん、個別の存在に共通の性質があり、あるんだけど、ゥンズは、この固体化の原理に着目し、あるものがあるものになるという固体化の原理があるとすれば、その存在原理は一義的でなければならないと主張しました。
 つまり、このもの性があるってことは、存在原理は、一つの意味にしか解釈できないということですね。
 つまり、存在という最小の概念をさまざまに定義することではなく、その原理にこそ普遍性があると考えたわけです




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20201123


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